トップへ トップへ  当NPO概況  資料  リンク
イベント情報 投稿記事 狭山事件 差別事件 クローブアップ オススメ コラム


今回は、事務局2人で5・15沖縄平和行進に参加してきました。
初日は「中澤委員長を偲ぶ会」を行っていたため途中参加となりましたが、今年は沖縄が本土に返還され43年をむかえ、戦後70年の節目の年である。
「戦後70年やぞ、この年に参加しないでどうする!」と一緒に参加することになった上司の一言で始まりました。
関空から飛行機に乗る前の天気はくもりでしたが、段々と近づくにつれ降りる前から、気温が違うのを感じました。
台風も去った後で、沖縄についてからは帰るまで晴天が続きましたが、翌日広島への集会に参加している他の同僚から「頑張ってね」と連絡をもらいましたが、天気は雨だったようです。
平和行進は2回目になる二人ですが、6,7年前に参加してから沖縄の基地問題は一向に改善されてはいません。
今回は、3日間の5・15平和行進ではなく2日間の行進で最終日は県民大会がおこなわれました。


宜野湾市役所から南北2つのコースに分かれ出発しました。
韓国からも「沖縄の平和が東アジアの平和!!」と書かれている横断幕を持ち平和行進に加わり車イスの人も参加していました。
前回参加した時も思った事ですが、沖縄の住民たちが参加者に「ありがとう、がんばって!」と声をかけてくれ、子どもからおじぃ、おばぁまでが二階の窓や道に出て手を振ってくれる光景に熱いものを感じさせられます。
今回は高校の前で、先生と生徒も待っていてくれ平和行進団を応援してくれました。



普天間基地移設に関わって、さまざまな意見が出されている中、阿部政権が集団的自衛権を法制化することが閣議決定され15日に国会に提出されるニュースを集会途中に見ました。
70年前におこした沖縄戦での犠牲をかえりみず戦争が出来る国へと進めているのです。
二度とくり返してはいけない戦争を被爆国である日本が憲法をも変えようとしています。
沖縄は同じ日本でありながら、本土の0.6%しか土地が無いのにそのうち基地は74%を占めている。
そういったさまざまな差別があるなかで、沖縄の人たちは闘っています。




全員で沖縄の基地問題反対のシュプレヒコールをうったえながら市役所から基地周辺〜宜野湾市海浜公園までを行進しました。
途中街宣車が邪魔に入りましたが、警官と一緒にレンジャー隊が警備してくれます。
休憩はなく給水所で麦茶と黒糖が用意されていましたが、立ち止まることなく歩きます。
海浜公園には13時過ぎに到着し、北コース1200人が先に集会場へ入ると「おつかれさま」とシークワーサージュースを女の子に手渡してもらい、舞台からは沖縄を返せが歌われ出迎えてくれ、後から南コース1400人が到着し北・南コースの参加者2600人が集まる中、第38回5・15平和行進集約集会がおこなわれました。
炎天下の中での集会で、二日間無事平和行進がおこなわれたことの報告がされ、最後に「辺野古新基地建設阻止」「普天間基地即時阻止閉鎖・返還」を訴え明日の県民集会に向け、団結ガンバローで締めくくられました。

集会終了後、せっかくなので研修に平和公園とひめゆりの塔へ移動しました。
海浜公園から宜野湾市役所まで戻ってくるときに、タクシーの運転手さんが「沖縄の‘なんくるないさ〜’って意味わかる?と聞かれ、ほんとは一生懸命頑張って頑張って、どうしようもなくなってる人に‘大丈夫だよ’って言ってあげる言葉なんだよ。今は、頑張ってないのに‘なんくるないさ’と使ってる人もいるけど、ほんとうはそういう意味があるんだよ」って教えてくれました。



市役所に到着し、ひめゆりまでは25キロほどあるので先に昼食をと喫茶店に入ると時間は14時30分・・・閉店時間でした。
そのまま、ひめゆりまで車で移動すると同じような格好をした昼間の参加者がけっこう訪れていました。
16時すぎほぼ夕食並みの時間に昼食をとり、あわててひめゆりの塔へ平和祈念資料館への入館は17時まで、ギリギリ10分前に入りました。
初めて訪れたときは、驚きの連続だったことが思い出されました。
13歳の少女からはじまり19歳までのたくさんの少女たちが中心になって、今の時代では想像もつかないような十代を過ごしています。
生き残ってくれたひめゆり学徒たちは、当時の残酷な日々を思い出したくはないはずですが、現在の人々に語り続けてくれています。
その他にもひめゆり学徒の手記や色々な展示がされています。
出口には「私たちは真相を知らずに戦場へ出ていきました。
戦争はあらゆる命あるものを殺すむごいものです私たちは一人ひとりの体験をとおして知った戦争の実体を語りつづけます」と書かれていました。
ひめゆりから平和記念公園に行くはずが、閉館時間のため帰りました。



次の日は、「戦後70年止めよう辺野古新基地建設!沖縄県民大会」が那覇市の沖縄セルラースタジアム那覇でおこなわれ参加しました。
集会当日の午前、辺野古漁港近くで新基地建設に反対し座り込みを続けるヘリ基地反対協議会のテントが、何者かに荒らされ小魚が巻き散らかされ折り鶴などの展示物が引きちぎられているのが見つかったようです。
会場には朝早くから家族連れや友人などが詰めかけ晴天の中、グラウンドやスタンドは人で埋め尽くされており、総勢3万5千人もの人が訪れ辺野古への新基地反対を訴えました。
瓮長雄志知事からは「道理と正義は私たちにある」として日米両政府に米軍普天間飛行場の閉鎖・撤去と新基地建設、県内移設断念を要求する大会決議を採択しました。
こんなにも大勢の人たちが同じ思いで沖縄から基地撤去と平和を願って集まっていることが、すごいことだと感じました。



最終日は、首里城へ行き和歌山に帰ってきました。
戦後70年たった沖縄の平和行進に参加できたことと私たちが今を生きていることに感謝し、二度と戦争をおこさない国を沖縄戦で犠牲になった人たちの願いをこれからも世界に伝えなければならない事をあらためて感じさせられました。


更 新 情 報







担当からのコメント